何かが違う自伝車道整備
「街路樹100本消えた…国道整備名目にバッサリ 名古屋」と題して朝日新聞が名古屋市の伏見通での自転車道整備に関して配信しています。
-----朝日新聞 2008年6月29日社会 ------
名古屋市中心部の伏見通で街路樹約100本が姿を消した。名古屋国道事務所が環境保護や事故防止を目的に自転車道や駐輪場を造るため、切ってしまった。中央分離帯の木も一部なくなり、「白い街」に夏の日差しが照りつける。
切られたのは、若宮大通の交差点から桜通までの1.3キロの50年ごろ植えられたシンジュの木。残ったのは「ご神木で切れなかった」というタブノキの大木など一部だけ。交差する通りは木が茂っているのと対照的だ。
7月に終わる工事は片側5車線の車道を3車線に減らし、幅3メートルの貨物荷さばき場、幅2.5メートルの自転車道を造るもの。街路樹があった付近は主に駐輪場にした。
違法駐車や放置自転車をなくすのと、自転車と歩行者の事故を減らすねらい。あえて車線を減らした。約8億円かかった。
<中略>
近くの商店主(68)はあきれている。「もう植えないんですか。環境のため木陰を無くすなんてばかげている。市もビル建設を許可する時に駐輪場を義務づけたらいい」
1月、伏見通と交わる桜通や、豊橋駅前などが国の自転車通行の環境整備モデル地区に選ばれている。限られた空間しかないのは同じ。今度はどうするか。国道事務所は手法を検討している。
名古屋国道事務所の高橋誠・交通対策課長は「モデル的に駐輪場や自転車通行の専用スペースを作った。緑は残したかったが、場所が足りず、伐採はやむを得なかった。代わりの木を植える予定はない」と説明している。(伊藤智章)
-----朝日新聞 2008年6月29日社会 ------
朝日新聞が言いたいのは「環境と言いながら街路樹を切るのはけしからん」と言うことなのだろうか?
確かにこの部分にも違和感を感じる。
都心部の道路はビルの壁面や道路のアスファルトの照り返しで夏の日中は灼熱地獄と化す。
これが街路樹の木陰が少しあるだけで、まるでオアシスが出来たかのように涼しさを感じられる部分ができあがる。
木陰のない灼熱地獄、風よけのない吹きさらしの荒野になることで自転車で走るには過酷すぎて利用者が伸び悩むようでは本末転倒だ。
自転車利用を促進させるつもりであれば、快適に走ることが出来る道を作る工夫が必要だと思う。
そしてそれには街路樹を残したうえで自転車が安心して走りたくなる通行帯を作るという発想から出発しないと実現できないと思う。
以上のように街路樹を切ったことには僕も反対だ、しかし、もっと違和感を感じるところは駐輪場を作ったという部分じゃないだろうか。
自転車や自動車と言った交通用具は移動している時間より止まっている時間の方が長い。
道路を造ればこれを利用する交通用具が増える、そうすれば駐車場や駐輪場の需要も増えて当然だ。
だから駐輪場や駐車場の問題は道路を造るのと一緒に考えなければならない問題です。
そういう意味では駐輪場を作るというのは非常に良い発想なんだけど、問題は作る場所を道路上にしてしまったこと。
愛着のわくことのない鉄くずみたいな自転車があふれている日本で路上に簡単に停められる場所があればあっという間に放置自転車であふれて、駐輪場からはみ出した自転車により通行の妨げが起きるのは目に見えていることではないだろうか。
自動車の駐車場は一部にはパーキングメーターという制度があるものの基本的には道路以外の部分に作ることが常識になっているし、路上駐車は厳しく取り締まりを受けることになっている。
これに反して同じ交通用具である自転車に路上駐車してくださいと言っているような道路の構造にするのは間違いだろうと思います。
近くの商店主の言葉として紹介されているように、条例で一定規模以上の建物に対しては駐車場を規模に応じて設置するようになっているのを自転車にも適用していくとか、駐車場、駐輪場の作れないような小規模の建物を制限していく政策がこれから必要になるのではないでしょうか。
通行の妨げになる路上駐輪や放置自転車に対しても、路上駐輪に反則金を課してコインパーキングみたいなものを利用することを促進するとか、自転車防犯登録制度を利用して持ち主に連絡して引き取らせるとかが必要になると思います。
駐輪場問題を抜本的に解決する方法無しには自転車利用の促進は困難と考えるので、低炭素社会とかCool Earth 50なんて到底無理なんじゃないでしょうか。
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